人の数だけ世界が在る

ミケランジェロの丘より
ミケランジェロの丘より

こんにちは、黎明塾のきたです。

 

昨日はブラックきたを見せてしまったので、

今日はホワイトな一面を・・・

い、いちめんヲ・・・...○| ̄|_.. OTL.. orz.. 。......

思い浮かびませんでした。

基本根が暗いことで定評のある私ですから。

 

性格といえば・・・

金曜日に高校生を指導しに来ている山本先生と、

私きたは、実は高校の同級生なのですが、性格は真逆で、

理系の山本と文系のきたで、こうも違うものか(笑)とよく話をします。

ティッシュ箱一つを例にとっても、

山本先生はティッシュ箱を机の上で滑らせて、

「摩擦係数が□☆$&○#~~~」と物理のお話をされます。

(色々言ってたのですが、高校物理を知らない私には宇宙語に聞こえる・・・)

私がティッシュ箱を手にすれば、

「紙の起源は・・・」とか「この箱を作るのに何人の手を経たのだろうか・・・」

などということを考えます。

全ての理系文系が、私たちのように分類できるわけではありませんが、

この凸凹感が面白いなあ、と。

きっと私の眼を通して見る世界と、山本先生の眼を通して見る世界は、

全く異なっているのでしょう。色さえも違っているのかも。

 

余計な話ですが、私は緑色を識別する力が弱いそうです。

一つの色にも色々な色がありますが、

それを捉える力が弱い人のことを色弱というのだそう。

大学時代、絵画の授業で油絵の先生に指摘されました。

自分では全く気付いていませんでしたが、

言われてみれば、森を描こうとするのは苦手だったような気が・・・。

色弱と色弱でない人で、見えている世界の色合いが違っているということは、

こうして目の前で見えている色は、本当の色ではないのか?

何が本当の色?そもそも光の強さによって色は変化するし・・・。

・・・またしても、話が飛んでいってしまいました。

 

見える世界、感じる世界が人によって違うということを実感するって面白い!

海外の人と交流するのが楽しいのも、同じ理由。

育った国や、風土がその人のアイデンティティになっているのですから、

言語はもちろんのこと、感覚や考え方、習慣、宗教etcが全く異なっていて面白い。

私にとっての異文化交流の面白さの感覚と、他の人のそれも異なっているのでしょう。

とりとめのない話を延々つらつら書いていきそうなので、ここらで止めておきます。

ここまでお付き合いくださった方、どうもありがとうございます(苦笑)

 

それでは、このへんで。