こんにちは、黎明塾のきたです。
9月より通常指導を再開し、何名かの新しい生徒も入り、
気持ちを新たにして「よしっ、がんばるぞー」と張り切っています。
前向きな気持ちの裏には常に、
置いてきた過去の負債があるのではないか、と思います。
常にハッピーでポジティブで歩みを止めることのない人間などいません。
誰しも振り返れば、その人生には喜びもあれば、
それと同じくらい、いえ、それを超えるだけの苦難があるものです。
中学生であれば、それが狭い社会の厄介な人間関係。
中学生にとって学校が彼らの世界の全てであり、
苦しい中学時代は永遠に続くかのような錯覚に陥るものです。
大人になるにつれて、挫折や喪失という経験を重ねていくことでしょう。
「禍福はあざなえる縄の如し」とは上手く言ったものだなあとつくづく思います。
これを言うと、近しい友人に
「いや、塞翁が馬でしょ。」と返されました(笑)
似て非なる二つの故事成語ですが、
自省することの多い私には「禍福~」の方が合っているなあと思うのです。
塾講師をしていて常に忘れることのないことは、「昔の生徒たち」です。
もちろん、卒業まで教えた生徒たちのことは、
性格はもちろん、得意不得意、躓いた問題の傾向まで覚えています。
あっ、でも皆、クイズはやめてね(汗)
私がここで言う「昔の生徒」には途中で辞めていった生徒も含んでいます。
彼らのこともまた、忘れたことはありません。
18歳で家庭教師を始めてから、何人になるだろう。
全ての生徒たちを走馬灯のように思い出し、
あの時の自分は正しかったのか、何と言えば生徒の心に私の言葉は届いたのだろう、と
自問自答しながらこれまで教え続けてきました。
彼らとの出会いは、今の生徒たちを教える糧となり、
彼らのおかげで今の自分があると思っています。
でも、時にとても苦しい気持ちになります。
彼らは私に様々なものを残してくれたけれど、
私は彼らに何を残せただろう、
精一杯彼らと向き合えていただろうか、
もっと私にできることがあったのではないだろうか、
あの時の私は何と未熟で浅はかであったのだろう、
あの時の私は彼らにとってベストであったのだろうか、
私との出会いが彼らの人生にとって善いものであれただろうか、と。
しかし、過去は変えられない。
だからこそ、今私の目の前にいる生徒たちに、
彼らから学んだ全てを注いで、精一杯向き合いたいのです。
私にとって、前に目を向け続けるために、後悔を負い続けることが必要なのです。
・・・矛盾?かもしれません。
過去を振り返り続けることと、前向きでいることは真逆ですね。
う~ん、困ったな・・・。
でも、私の中では成り立っちゃっているんですよね。
過去の全ての出来事が今の私を作ってくれているのだから、
その出会いに感謝せずにはいられませんし、今を精一杯生きたいと思えるのです。
ところで、今日4日は兄の命日。
朝から予備校の授業があるので、
終わってから母を誘ってお墓参りにでも行こうかな。
山の中にあるので、虫除けスプレーを忘れずに行かなくちゃ。
それでは、このへんで。