歴史探訪クレタ篇

こんにちは、黎明塾のきたです。

 

ギリシャ3日目は弾丸日帰りクレタ島参りをしてまいりました。

ギリシャ最大の島にであるクレタ島は歴史のわんだーらんどなので、

見逃す手はあるまい、と早朝5時に飛行機でアテネより向かいました。

(アテネから船だと6時間かかります。)

クレタ島一番の目玉はやはりクノッソス。

ミノタウロスの迷宮というと、

あ~あのラビリントスね!と思われる方もいらっしゃるかと。

小学生のころ、学校の図書室で何度も何度も読んだ

たかしよいちさんの『世界ふしぎ物語』という歴史マンガシリーズに

このミノタウロスの話があって、

当時遠いギリシャの地の伝説に胸をときめかせていたのをよく覚えています。

(今もその感覚は大して変わってはいないのですが(爆))

・・・えっと、まあそのクレタ島クノッソスにやってきたのでございます。

何がなんだかワカランという感じですよね。

写真が下手で宮殿の大きさが伝わらんのです。

 

とりあえず、クノッソスの紹介を。

ミノア文明(紀元前2000年、青銅器時代)の遺跡で、宮殿の大きさは約140平米。

現在眼にすることができる宮殿の遺構は

実はこの遺跡の発掘者である考古学者のエヴァンズ氏が相当の復元を行ったもので、

まあ実は実は、本当か?みたいな復元箇所もあるらしく、

なんだか一種のテーマパーク化された遺跡ともいえるのですが・・・。

とはいえ、現代技術で作り直されていたとしても、

この場所にまさに数千年前に人々の暮らしや、

栄華を極めた文明があったと思うと、ときめかずにはいられないわけで。

ちなみにこうじゃあないか?と考えられている宮殿の全容は

クレタ島内の町、イラクリオンにある考古学博物館で見てきました。

3000年前に3階建ての建物ですよ!

なんて高度な文明と技術!!

でもまだ謎が多く、そもそも文字の解読ができていない。

解読できたら私もシャンポリオンになれるかしら・・・?なんて妄想しちゃいました(笑)

 

しかし、この複雑なつくりの宮殿は迷路のよう。

遺跡をまわっていても順路が分からずうろうろする羽目になったし。

確かにこれがあのギリシャ神話、ミノタウロスという怪物がいた迷宮なのだと納得。

いや、実際に頭が牛で体が人間の怪物がいたなんて思ってやいませんよ。

ただ、そんな伝説が生まれても不思議じゃないなあ、と。

 

 

クレタ島へやってきた目的その2は、

クレタ島がヴェネツィア共和国の植民地だった時代の要塞を見ること。

というわけで、博物館を後にし、海へ向かいました。

なんで要塞なのか・・・といいますと、

時は16世紀、オスマン帝国(オスマントルコ)の勢力が最盛期。

対抗するヨーロッパキリスト教勢力は

地中海の制海権を守ろうと必死の抵抗をしていたが、

遂にオスマン帝国との前線に位置していたロードス島ヨハネ騎士団が破れ、

勢いに乗るオスマン帝国に対して、

自国内や隣国との勢力争いに明け暮れるキリスト教勢。

そんな中、優れた外交力とCIAのような諜報機関、大艦隊を有す軍事力により

地中海の制海権を保持するため時にはオスマンと和平を結び、

時には正面から戦火を交えたイタリアの一都市国家、ヴェネツィア帝国。

そのヴェネツィア共和国の殖民都市であったクレタは、

ヴェネツィア共和国の生命線ともいえる島。

クレタ戦争により最後はオスマン帝国領となってしまったが

ヴェネツィア共和国の統治の面影は今現在でも町のいたるところにある。

モロシーニの噴水はヴェネツィア共和国の大貴族モロシーニ家が作ったものだったり、

ヴェネツィアの守護聖人である聖マルコを奉る教会があったり、と。

とまあ、そのヴェネツィアの遺構の一つであり、

オスマン帝国との戦いに国のために血を流し、

命を散らしたギリシャ人やヴェネツィア人の夢の跡を見たかったのです。

 

・・・が!!!しかーし!!!

 

・・・・・ん?

ナンダカ様子がオカシクナイカ?

 

・・・!!!

 

し、しまってるー!!修復工事中につき閉まってるー!!!

 

がーん、がーん、がーん。

 

もう、塩野七生さんの本を読み、期待に胸を膨らませて行った身としては・・・。

ああ、もう言うまい。

涙をのんで外側だけでも!と写真をとりまくってきました。

なんせ日曜日なので土産物屋も商店街も何もかも閉まっているんですもの。

他に行くとこありませんもの(涙)

 

こうしてクレタ島に別れをつげ、夕方の便でアテネへと戻ったわけでございます。

 

残るはあと一日。

アテネ完結篇と題してもう1本書きたいところでしたが、

最終日そんなに観光にいそしまず、ゆったりとお土産めぐりをしただけでして。

書くことがないのです。

 

あっ、一つだけあった。

 

私きたは稀に見る不運の持ち主。逆の意味で強運なのです。

クレタでの「要塞閉まってた事件」「日曜日シャッター商店街事件」に引き続き、

最終日にベナキさんという富豪が集めた美術品を展示している「ベナキ美術館」という

ところに行ったのですが。炎天下の中、片道1キロ以上歩いて。

・・・閉まっていました。

・・・またしても。

 

幸いにも今回の旅での不運がこの2日にとどまってくれたので良かった。

あっ、2日目に靴が壊れたんだった・・・。

まあ、カウントすることでもないか。

 

ここまで読んでくれた方、どうもありがとうございます(汗)

それでは、このへんで。

ヴェネツィア共和国の要塞
ヴェネツィア共和国の要塞